2024.1月号 ドクターコラム
「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。
このコラムでは、リプロダクティブ・へルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。
皆さんは、「生命(いのち)の安全教育」を知っていますか。
「生命の安全教育」とは、生命の尊さを学び、性暴力の根底にある誤った認識や行動、また、性暴力が及ぼす影響などを正しく理解したうえで、生命を大切にする考えや、自分や相手、一人一人を尊重する態度等を発達段階に応じて身に付けることを目指すものです(文部科学省ホームページより)。令和5年3月に決定された「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を踏まえて、子どもたちが性暴力の加害者・被害者・傍観者にならないために、学校等での実施が進められています。
《生命の安全教育の内容》
子どもの発達段階に応じて、下記のような指導内容は下記のとおりです(:の後ろは筆者による補足)。
発達段階 | 指導内容 |
幼児期~ | 自他の尊重(自分と相手の心・身体の尊重) |
水着で隠れる部分:プライベートゾーンのこと | |
小学校高学年~ | SNSの危険性 |
距離感:境界線(バウンダリー)のこと | |
中学校 | 性暴力について |
デートDV:恋人間に起こるDV | |
高校 | JKビジネス |
セクシュアルハラスメント | |
大学 | レイプドラッグ、酩酊に乗じた性暴力 |
AV出演強要 |
各段階における指導の手引きや教材は、文部科学省のホームページで閲覧・ダウンロードが可能です。ご興味がある方はご覧ください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/danjo/anzen/index2.html:生命の安全教育(文部科学省)
これらの指導内容や教材は、包括的性教育という視点から見ると、十分なものとは言えません。たとえば、性交を含む性や生殖に関する基礎的な知識を教えることなく、性暴力の防止教育を行うのは無理があります。また、前回取り上げた「痴漢」は、公共交通機関の利用が増える中高生にはぜひ伝えたいことですが、教材では触れられていません。
しかし、自他の尊重やプライベートゾーンなど、大切な内容が含まれていることは間違いありません。その内容を、具体的にご紹介します。
《どんなことを学ぶの?~小学校高学年向け教材より~》
小学校高学年では、以下の4点を「知ってほしいこと」として説明されています。
- 自分だけの大切なところ
- 自分とほかの人を守るためのルール
- 自分とほかの人とのきょり感が守られないときの対応方法
- SNSを使うときに気をつけること
それぞれについて解説を加えます。
- 自分だけの大切なところ
自分のからだはすべて、大切なところです。水着で隠れる部分は、特に大切です。
水着で隠れる部分とは、プライベートゾーンのことをさします。プライベートゾーンには、水着で隠れる部分に加えて口を含めることもあります。
- 自分とほかの人を守るためのルール
水着で隠れる部分は、自分だけの大切なところなので、ほかの人に見せたり触らせたりしてはいけません。ほかの人の水着で隠れる部分も、見たり触ったりしてはいけません。
プライベートゾーンは、自分だけの大切なところです。自分が見たり触ったりするのは問題ないことを、清潔に保つことと一緒に教えてあげてください。
- 自分とほかの人との距離感が守られないときの対応方法
からだの距離感:自分のからだは自分のものなので、自分とほかの人の距離は自分で決めていい。
こころの距離感:自分の気持ちや考え方は自分のものなので、どんな気持ちをもち、どんな考え方をするかは、自分で決めていい。
もし、人との距離感が守られないときは、「いやだ」と言いましょう。その場を離れましょう。安心できる大人に相談しましょう。
ここでの距離感とは、境界線(バウンダリー)のことをさします。境界線は、一人一人違います。違う時には遠い方に合わせて、お互いの境界線を尊重しましょう。同時に、自分の境界線をうまく引けているかどうかも大切です。
- SNSを使うときに気をつけること
SNSでやり取りしている相手が本当に信頼できるかどうか、考えましょう。もし、こわい思いをしそうになったら、「いやだ」と言いましょう。安心できる大人に相談しましょう。
《子どもたちの学び~中学校での性教育の実践例より~》
私も、性教育講演でプライベートゾーンや境界線のお話をしています。境界線については、最近お話しするようになりました。
まず「自分と家族の誰かと一緒に歩くとき、どのくらい近くてもいい?」と聞きます。すると、子どもたちからさまざまな回答が返ってきます。周りの人と意見を交わしてもらうと、友だちとの違いに気づき、一気に教室がにぎやかになります。そこで、からだの境界線の説明をして、個人によってその距離が違うこと、違う時には遠い方に合わせることを伝えます。そして、「自分で決めていいんだよ」というメッセージを込めて、こころの境界線についても話します。
子どもたちからは、「相手の気持ちを尊重したい」「嫌な時は嫌とはっきり言えるようにしたい」「しっかりと自分の境界線を作っていきたい」などの感想が寄せられました。
今回は、生命の安全教育についてご紹介しました。自分と相手を尊重することやこわい思いをした時の対処方法など、ご家庭でも繰り返し伝えたい内容も含まれますので、参考になさってください。
また、家族の間でも、お互いの間にある境界線を尊重しましょう。お子さんは、保護者や周りの大人との関係を見て、境界線を引くスキルを学んでいきます。特に思春期以降は、あれこれ聞き出すとか、勝手に部屋に入って秘密を探るようなことはやめましょう。代わりに、「あなたのことが大切で心配している。何かあったら話してね」と伝えましょう。そして、相談を受けた時にはしっかり聴いて、味方になってあげてくださいね。
Mimosa代表 杉山伸子
10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。