2024.4月号 ドクターコラム
「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。
このコラムでは、リプロダクティブ・へルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。
皆さんは、「生理の貧困」という言葉を聞いたことがありますか?
経済的な理由で生理用品を買えない状況をイメージされる方が多いかもしれません。しかし、「生理の貧困」はもっと幅広い意味を持ちます。アメリカ医学女性協会によると、「月経に関する衛生的な手段や教育が十分に行き届いていない状態」にあることを指します。
先日、中学生のM子さんが「生理痛がひどい」とお母さんと一緒に受診されました。
M子さんの月経痛は、子宮などに病気がない、いわゆる機能性月経困難症でした。治療法には、鎮痛剤やホルモン剤(低用量ピルなど)などがあります。M子さんとのお話の結果、鎮痛剤を飲む方法を選ばれました。今までは、痛みを我慢しながら時々内服していたそうです。鎮痛剤は我慢せずに服用する、定期的に服用する、などの服用上の注意をお伝えしました。
実は、M子さんには、もう一つ困っていることがありました。お母さんが診察の最後に、「生理用ナプキンをあまり替えたがらないのですが、どうしたらいいでしょうか?」と質問されたのです。不思議に思いながら、M子さんにその理由を聞いてみました。すると、「10分間の休み時間だと、トイレに行って生理用品を替える時間が足りない」と言うのです。よく聞くと、教室がある3階にはトイレがなく、1階まで下りないといけないそうです。M子さんの友だちも、生理用品をなるべく替えずに済むにはどうしたらいいか悩んでいるとのことでした。
体につけるタイプのナプキンを使う、タンポンや月経カップなどの他の生理用品を使う、など思いつく範囲で可能な選択肢を提示しましたが、本来は、生理用品を適切なタイミングで交換できる環境の整備が必要です。困っているのは生徒だけなのだろうか、学校の先生方は困っていないのだろうか、安心してトイレに行ける工夫は検討されていないのだろうか、と気になりました。
M子さんの学校の状況は、特殊かもしれません。しかし、似たような状況は誰にでも起こりえます。皆さんの職場でも、トイレに自由に行けないことはありませんか。トイレが遠い、男女共用トイレしかない、など困りごとはありませんか。
また、ふだんは問題なくても、ちょっとしたことでトイレ事情は悪くなってしまいます。たとえば、災害時。
避難所で生理用品が必要になった時、必要な生理用品を安心して受け取れる環境はすぐに整うでしょうか。避難所で物品を配っている人が男性だけだった場合、生理用品がほしいという希望を伝えることに抵抗を感じる人がいるかもしれません。
トイレの数が限られていたり使える水の量が少なかったりすると、トイレの使用を控える人が多くなります。そんな状況では、生理用品があっても生理用品の交換もままならないかもしれません。
M子さんの学校も、災害時の避難生活も、月経に関する衛生的な手段が十分ではありません。すなわち、「生理の貧困」の状態です。このように、経済的な問題を抱えていなくても、誰もが「生理の貧困」に陥る可能性があるのです。
では、どうすればいいのでしょうか。
学校や職場など、ふだんの環境で、月経期を快適に過ごせない状況や生理用品にアクセスしづらい問題がないか、チェックしてみましょう。男性が多い環境では、月経がある人の困難が気づかれていないことが少なくありません。気づかれていても、放置されたままのこともあります。いろいろな人のさまざまな視点から、困りごとがないか確認し、あれば改善していきましょう。トイレなどの設備を変えることは難しいかもしれません。しかし、トイレ休憩をとりやすくする、トイレの備品を整備する、などの配慮や工夫ならできるかもしれません。
月経が仕事や家事に影響を及ぼしている人は少なくありません。月経期を快適に過ごせれば、もっと元気に働ける人が増えるはずです。「生理の貧困」対策は、月経がある人だけではなく、周りの人にとってもメリットがあります。みんなで取り組んでほしいと考えます。
災害などの非常時についても、ふだんから対策をたてておきましょう。地域の防災では、男性だけではなく女性の意見も取り入れられるよう工夫が必要です。また、非常時には、ふだんの環境では何とかなっている困りごとがより大きくなりがちです。ふだんから困りごとを意識的に解消しておくことが大切です。
私たちの誰もが陥るかもしれない「生理の貧困」。
取りうる対策は、経済的な支援だけではありません。月経があっても暮らしやすい社会をつくっていきましょう。それは、みんなが暮らしやすい社会になるはずです。
Mimosa代表 杉山伸子
10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。