2020.5月号 ドクターコラム
「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。
このコラムでは、リプロダクティブへルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。
妊娠・授乳と薬の話
産婦人科医 Mimosa代表 杉山伸子
新型コロナウイルス感染症の治療に使う薬について
新型コロナウイルス感染症の流行により、妊娠を考えているカップルや妊娠中の方はもちろん、お子さんをお持ちの方もさまざまな不安を抱えていることでしょう。
人類にとって新しいウイルスであり、まだ解っていないことも多いのですが、現時点(2020年5月10日現在)で確からしいことは次のとおりです。
1. 現時点では、新型コロナウイルス感染によって、胎児の異常、流産、早産、死産のリスクが高くなるという報告はない。子宮内で胎児に感染したと思われる例は報告されている。妊娠初期の感染例は、まだ出産には至っていないので、今後の報告が待たれている。
2. 妊娠中に新型コロナウイルスに感染しても、症状の経過や重症度は妊娠していない人と変わらないとされている。
ただし、新型コロナウイルス以外の肺炎でも、妊婦さんが肺炎になった場合には重症化する可能性があること、妊娠中は使用できる薬剤に制限があることから、感染予防が大切である。
「妊娠中は使用できる薬剤に制限がある」と書かれていますが、実際はどうなのでしょうか。
新型コロナウイルス感染症の治療では、原因ウイルスであるSARS-CoV-2に適応を有する薬剤が存在しないため、他のウイルスに用いられる抗ウイルス薬や症状改善を期待して用いられるその他の薬が試験的に用いられている状況です。したがって、重症化しなければ、抗ウイルス薬は使用せずに経過観察されている例も多いと思われます。
これらの薬物について、「妊娠と薬情報センター」が示している安全性は次のとおりです。
薬剤名 | 添付文書 | 動物実験 | ヒトでの使用経験報告 | 総合的評価 |
---|---|---|---|---|
カレトラ® | 有益性投与 | 催奇形性なし | リスクを示すものはない | 〇 |
アビガン® | 禁忌(使用不可) | 催奇形性あり | 研究報告なし | ✕(妊娠初期) |
オルベスコ® | 有益性投与 | ― | リスクを示すものはない | 〇 |
フォイパン® フサン® | 有益性投与 | 催奇形性なし | 研究報告なし | △ |
プラニケル® | 有益性投与 | 催奇形性なし | リスクを示すものはない | 〇 |
ストロメクトール® | 有益性投与 | 催奇形性あり | リスクを示すものはない | 〇 |
〇:疫学研究(人での使用経験報告)があって、リスクが示されていない
△:疫学研究(人での使用経験報告)はないが、動物実験などからリスクはなさそうと考えられる
✕:リスクが危惧される
(引用元:国立研究開発法人 国立成育医療研究センター)https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/perinatal/bosei/covid_bosei_kusuri.html
(2020年5月10日参照)
この表を見るかぎり、妊娠中という理由で適切な治療がまったく受けられないという心配はしなくてもよさそうです。とは言え、感染しないことが最も大切であることには変わりありません。
なお、先日特別承認されたレムデシビルは、開発中の薬であるため情報量が限られており、上記の表には記載されていません。
妊娠・授乳中に服用する薬について
一般的に、妊娠中や授乳中は多くの薬が使えないという印象があるかもしれません。それには、添付文書上の「有益性投与」という表現が関係しています。
そもそも、すべての薬は、妊娠や授乳の有無にかかわらず、その効果と副作用を天秤にかけて、効果の方が大きい時に投与されるものです。
妊娠中や授乳中の場合、お母さんにとって必要な薬でも、胎児や母乳を飲む赤ちゃんには投与される必要がないと考えると、胎児や赤ちゃんへの影響は副作用だけと言えます。一方、胎児や赤ちゃんへの影響を調べるためにお母さんに薬を投与するという研究を行うことは難しいため、ほとんどの薬で胎児や赤ちゃんへの副作用の有無や程度、頻度が調べられていません。
そこで、多くの薬の添付文書に「有益性投与=治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合のみ投与すること」という注意書きが書かれています。
しかし、胎児や赤ちゃんへの影響は、薬そのものの影響だけを考えればよいという訳ではありません。適切な治療によってお母さんの病状を安定させ、胎内環境や赤ちゃんが置かれている環境をより良い状態にすることは、最終的に胎児や赤ちゃんの安全を守るために必要なことです。
薬の影響だけではなく、お母さんへの治療の有無による影響など、総合的な判断が欠かせません。実際、お母さんにとって必要なら使っても問題ない、あるいは使った方がよいと考えられる薬も少なくありません。
ただ、妊娠中は薬の投与時期によっても影響が異なるほか、より副作用の心配が少ない薬への変更が可能な場合もあります。個々のお薬については、主治医の先生と相談してみましょう。
授乳中の場合はどうでしょうか。
妊娠中に使えた薬は、授乳中に使っても問題ないと考えてよいでしょう。母乳に移行する薬は「投与中は授乳を避けさせること」という注意書きが書かれていますが、母乳中に移行してもその濃度が赤ちゃんにとって影響が出るほど高いものは多くありません。
一般的によく使われる薬は、「妊娠と薬情報センター」にも情報が記載されています。同センターのホームページ(https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/index.html)をチェックしても良いでしょう。
最後に、妊婦さんへのお知らせ
妊娠中の働く女性が、仕事によって新型コロナウイルス感染症に感染するおそれに関する心理的なストレスを受けることによって母体又は胎児の健康保持に影響がある場合に、該当する作業の制限や在宅勤務、休業などの措置が受けられるようになりました。この措置は、来年の1月末まで実施される予定です。
職場に申し出る際には、医師や助産師による「母性健康管理指導事項連絡カード」の記載が必要です。妊婦健診を受けている医療機関に相談してください。
Mimosa代表 杉山伸子
10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。