96. 2023.9月号 ドクターコラム


2023.9月号 ドクターコラム

「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。

このコラムでは、リプロダクティブ・へルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。

皆さんは、「産後ケア」という言葉を知っていますか。産後のお母さんが心身を休めたり、授乳や沐浴などの育児について助産師さんなどの専門家の助言をもらったり専門家に相談したりするものです。令和3年に母子保健法が改正され、市町村がこの産後ケアを「産後ケア事業」として実施することが努力義務となりました。

K子さんは、両親がまだ働いているため、里帰りすることを諦めました。夫と2人での子育てに不安があったため、地元の「産後ケア事業」を利用しようと妊娠中に市役所に相談に行ったそうです。しかし、相談に行った時には元気そうに見えたからなのか、産後ケア事業の対象とはなりませんでした。

コロナ禍のために立会い分娩ができないなか、無事に出産。かわいいお子さんと家に帰りましたが、育児は想像以上に大変なものだったそうです。2週間健診は無事に終えましたが、その後に一番つらい時期を迎えました。夫に頼りたくても、うまく自分の気持ちを伝えられず言い争いになったり、お子さんが泣く理由がわからずおろおろしたり、今思えば産後うつになっていたのかもしれないと涙ながらに教えてくれました。「ちょっとでもいいから、話を聴いてもらえたり、赤ちゃんの世話をしてもらっている間にゆっくり休めたりできればよかった」とおっしゃっていました。

産後につらくなってから頼る先を探すのは非常に難しいものです。妊娠中から相談に行ったK子さんの判断は正しかったと思います。ただ残念なことに、始まったばかりの事業のため、地域によってはまだまだ充実したものにはなっていません。K子さんのように、ニーズに合ったケアを受けられないことも少なくありません。

私は、ニーズに応えられない自治体を責めるのではなく、当事者である女性やその家族、実際にケアを行う専門職や支援者、行政が一体となって、妊娠・出産・育児がしやすい社会となるよう、この事業を育てていくことが大切だと考えます。そのためにも、産後ケアが必要な方には、ぜひこの「産後ケア事業」を活用してほしいと思います。そして、良かったことや改善できることを利用者の声としてあげていき、よりよいものをつくる一端を担っていただきたいです。

ここで、神戸市の産前・産後の支援について確認しておきましょう。2023年9月現在、神戸市で受けられる支援には以下のものがあります。

  • 産後ケア(宿泊・通所):お母さんの健康管理や生活のアドバイスをもらったりします。乳房ケアや赤ちゃんの発育のチェックも受けられます。宿泊・通所ともに神戸市内の助産所や産婦人科で実施されています。E-KOBEに登録して予約申し込みが必要です。また、妊娠中に相談を希望する場合には区役所・支所保健福祉課に相談してください。
  • 訪問型産後ケア:自宅を出るのが難しい場合には、助産師さんに自宅に来てもらうことも可能です。上記の産後ケアと同じような内容のケアが受けられます。こちらも、あらかじめ申込みが必要です。
  • 産前産後ホームヘルプサービス:体調が悪く、家事や育児が困難な場合に、ヘルパーさんが昼間に来て食事の準備や洗濯などの家事や育児をしてくれるサービスです。妊娠中にも利用できます。区役所・支所の保健福祉課の窓口で相談してください。

他に、以前から行われている新生児訪問や未熟児に対する指導や0~3歳の多胎児がいる家庭へのホームヘルプサービスがあります。

詳しくは、神戸市の妊娠・出産・育児を応援する行政サービスガイド「ママフレ」(https://kobe-city.mamafre.jp/)や神戸市のホームページ(https://www.city.kobe.lg.jp/a57667/kosodate/maternity/sanzensango.html)をご確認ください。

妊娠・出産・育児は、不安や心配がつきものです。少しでも余裕がある妊娠中に、必要な情報を集めておきましょう。また、相談することは悪いことではありません。かかりつけの産婦人科や身近な人、母子健康手帳をもらった時に対応してくれた助産師さんや保健師さんなど、頼れる先もたくさん持っておきましょう。

もし、周りに妊娠した人がいらっしゃったら、ぜひ「産後ケア事業」のことを教えてあげてください。そして、「何かあったら気軽に相談してね」と声をかけてみましょう。「みんなで子育てをする社会」を実現するためには、そんな小さな心がけが大切だと私は考えています。

Mimosa代表 杉山伸子

 10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。