47.2021.9月号 ドクターコラム

2021.9月号 ドクターコラム

「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。

このコラムでは、リプロダクティブへルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。

《がんを「排除」できるワクチンを知っていますか》

新型コロナウイルス感染症の流行が依然収まらない状況において、毎日のように「ワクチン」の話をお聞きになっていることと思います。今日は、産婦人科医としてお子さんへの接種をぜひ検討してほしいワクチンの話をしましょう。それは、ヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンです。

HPVにはたくさんの種類がありますが、その一部は感染することによって子宮頸がんを引き起こします。HPVワクチンは、HPV感染を予防することで子宮頸がんにならないようにするものです。

オーストラリアやイギリス、北欧などの国々では、積極的なワクチン接種プログラムが導入されて8年以上がたちました。スコットランドでは、HPVワクチンを接種した世代では、子宮頸がんの前がん病変の発見頻度が90%近く減っています。

また、フィンランドの研究では、前がん病変より進んだ浸潤がんもHPVワクチン接種により減少したことが報告されました。男女を問わずHPVワクチンの接種を進めているオーストラリアでは、2034年には子宮頸がんで亡くなる人はほぼいなくなると推計されています。

日本では、現在年間約1万人が子宮頸がんになり、約2800人が亡くなっています。残念ながら、今も患者数も死亡者数も増加傾向にあります。特に、50歳代よりも若い世代での罹患が増えています。

《日本におけるHPVワクチン接種の現状は?》

日本では、2010年から公費の助成が始まり、2013年4月に小学校6年~高校1年相当の女子を対象とした定期接種になりました。

しかし、接種後の痛みや運動障害などさまざまな症状(「機能性身体症状」)が報告された結果、わずか2ヶ月後に接種の積極的勧奨が差し控えられることになりました。

8年が経過した現在も、定期接種ではありますが積極的な勧奨は差し控えられたままです。開始当時の接種対象であった1994〜1999年度生まれの女子のHPVワクチン接種率が70%程度であったのに対して、2002年度以降生まれの女子では1%未満の接種率となっています。

一方、日本におけるHPVワクチンの有効性を示すデータも出てきました。HPVワクチンを接種したことで、子宮頸がんに関係するHPVの感染率、子宮がん検診における細胞診の異常率、20歳時の前がん病変の発生率がそれぞれ減少したという報告があります。

《HPVワクチンは安全なの?》

HPVワクチンは、コロナワクチンと同じ筋肉注射です。インフルエンザなどのワクチンより接種した部位の腫れや痛みが強く出ます。痛みの刺激によって接種直後に立ちくらみや失神を起こすことがあるかもしれません。

また、非常にまれではありますが、強いアレルギー症状が出るアナフィラキシー(現在までに20例の報告あり)や手足の力が入りにくくなるギラン・バレー症候群(現在までに26例の報告あり)などの副反応が起こる可能性があります。

2019年8月末までにおよそ300万人が接種を受けていますが、報告された副反応疑いの報告数は10万人あたり92.1人であり、そのうち重篤とされたのが10万人あたり52.5人となっています。機能性身体症状については、2015年の時点で副反応疑いの症状が回復していない人は186人で、10万人あたり5.4人に相当します。

HPVワクチン接種後に出現した「機能性身体症状」は、今のところHPVワクチンとの関連は証明されていません。研究の結果、ワクチンを接種していなくても同様の症状を認める人がいること、カウンセリングやリハビリなどによって多くの人の症状が消失または軽快することがわかっています。

現在は、多様な症状を起こした場合に速やかに適切な医療を受けられるよう、接種後に何らかの症状が出た場合の相談窓口が全国に整備されています。

WHOは、「機能性身体症状」とHPVワクチンの関連を示すエビデンスはないとしており、HPVワクチンで子宮頸がんを排除することを目指しています。

《なぜ子どもの時に接種するの?》

HPVに感染しないためには、HPVに感染する機会を持つ前に免疫を獲得していることが重要です。子宮頸がんに関係したHPVは、子宮頸部や腟、陰茎などの皮膚に感染します。ただ、湯船やプールなどでウイルスに触れ合っただけではうつりません。ウイルスが皮膚に入り込むには、セックスなどの濃厚な接触が必要です。そのため、中学1年前後の年齢を対象に定期接種することに決められました。

なお、子宮頸がんに比べて陰茎がんは圧倒的に少ないこともあり、女子だけが対象になっています。しかし、HPV感染は性別を問わず起こるものであり、ワクチンも男女ともが受けられるようになるのが理想的です。

HPVワクチンは比較的高価なワクチンです。接種を検討されている場合には、公費の補助が受けられる定期接種の対象年齢の時期を逃さないようにすることをお勧めします。

ただ、積極的な勧奨がない時期に定期接種を逃してしまったお子さんもいらっしゃることでしょう。「セックスを経験したけど、接種の意義はありますか」と聞かれたこともあります。定期接種の年齢を過ぎた女性においても、HPVワクチンによる子宮頸がん予防効果は示されてきています。定期接種を逃しても、なるべく若いうちに接種を済ませるとよいでしょう。

《HPVワクチンについてもっと知りたい》

子宮頸がんのこと、HPVのこと、そしてHPVワクチンのことについて、もっと詳しく知りたいと思われた方は、参考文献のリンクやみんパピ!(https://minpapi.jp/)を参考にしてください。

接種してくれる小児科医や産婦人科医に相談するのもよいでしょう。そして、お子さんにとって一番いいと思える方法を選びましょう。

《参考文献:いずれも2021年9月10日にアクセス》

  1. 子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために(日本産科婦人科学会):http://www.jsog.or.jp/modules/jsogpolicy/index.php?content_id=4
  2. ヒトパピローマウイルス感染症~子宮頸がん(子宮けいがん)とHPVワクチン~(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/index.html

Mimosa代表 杉山伸子

 10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。