2022.11月号 ドクターコラム
「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。
このコラムでは、リプロダクティブ・へルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。
11月は、児童虐待防止推進月間です。今回は、「児童虐待」に関連した「マルトリートメント」についてご紹介したいと思います。
F子さんは、月経前症候群(PMS)の症状がつらくて受診されました。もともと精神的に浮き沈みがあるなか、月経が始まる前になると特に落ち込みがひどくなるそうです。イライラして、子どもに対しても声を荒げてしまい、それが自己嫌悪のもとになって悪循環だと言われました。月経の前以外でも精神症状があるため、月経前不快気分障害(PMDD)と考えられる状況でした。
PMSで悩まれている女性で、「子どもに大きな声で叱ってしまう」「子どもの言動にイライラしてしかたがない」という理由で受診される方は少なくありません。また、PMSがなくても男性でも、自分の感情や体調のせいで、お子さんに対していつもよりきつく接してしまった経験は、誰しもお持ちかもしれません。
《マルトリートメントとは》
F子さんのように、自分でも望ましくないと感じるような子どもとのかかわりを「マルトリートメント」と言います。マルトリートメントとは、虐待とは言い切れない、大人から子どもに対する避けたいかかわりのことをさします。「虐待」という言葉からイメージするものよりも広く、体罰や暴言、無視、面前での激しい夫婦げんかなども含みます。
《なぜ、マルトリートメントを避けるべきなのか?》
福井大学の友田明美先生によると、繰り返されるマルトリートメントが子どもの脳に次のような影響を与えることがわかっているそうです。
①身体的マルトリートメント(体罰)を受けると前頭前野に影響が出ます。前頭前野は、気分や感情・行動をつかさどる部位です。
②子ども時代に両親から言葉の暴力を受けていた人の脳では、聴覚野の変形が見られたそうです。言葉の暴力は、身体には傷つきませんが、精神的には大きく傷つき、脳までも影響を受けるのです。
③暴言と同様、家庭内で面前DVも心理的マルトリートメントに含まれます。面前でDVが繰り返されると、視覚野が縮小してしまいます。また、情緒・行動的発達にも影響を及ぼし、うつ病や不安症、摂食障害などのリスクも高くなります。
一方で、適切なかかわりを持てば、損傷を受けた脳は回復する可能性があることもわかってきています。
《どうやって、マルトリートメントを防いでいけばいいのか?》
マルトリートメントが繰り返される背景には、子育てに困っている状況があると言われています。たとえば親自身のメンタルヘルスなどの問題、子どもの発達や健康の問題、DVや貧困などの家庭の問題、学校でのいじめなどの社会的な問題、さまざまなリスクが重なって、子育てからゆとりが奪われた時に、マルトリートメントが生じます。
マルトリートメントを防ぐためには、ゆとりある子育てができるような工夫が必要です。
F子さんの場合を例に考えてみましょう。
PMDDによって、月経前はだるさや眠気が強くなるそうです。この時期は、お子さんのちょっとした行動にすぐイライラしてしまうとおっしゃいます。
体調の不良がマルトリートメントを引き起こす可能性があると考えられます。PMDDの症状を改善し、自分自身の体調管理ができるようになると、子育てにもゆとりが出てくるかもしれません。F子さんと相談し、漢方薬を服用してもらうことにしました。
また、月経前の体調がつらい時にもワンオペ育児の状態で、夫の理解が足りないと感じられていました。
育児や家事に追われる状況も、マルトリートメントのリスクを高めます。夫の理解を得るための工夫をするよう提案してみました。どの時期につらいと感じているのか、その時期にはどうしてほしいのか、あるいはしてほしくないのか、具体的に説明するようにお話ししました。
もちろん、これだけで充分とは言えません。それでも、漢方薬でイライラがおさまるのを実感したり、診察時に自分の気持ちなどを話す時間を持ったりすることで、F子さんにも少しずつ変化が見られています。
毎回の診察時は、F子さんにいろいろとお話をしてもらいます。途中で遮ることなくお聴きしていると、F子さんの表情もすこしゆるみます。誰かに話を聴いてもらうと気持ちが落ち着くものです。
お子さんも同じです。お子さんの話をしっかりと聴く時間をとってみましょう。お子さんの気持ちを尊重できれば、マルトリートメントによらない子育てにつながります。
また、子育ては社会全体でしていくものです。夫だけではなく、親戚や友人、地域の人などのサポートも受けましょう。「親しい人には話しづらい」と思われたら
、地域の子育て支援機関や相談窓口も活用してくださいね。
《参考》
防ごう!まるとりマルトリートメント https://marutori.jp/
体罰等によらない子育てのために~みんなで育児を支える社会に~(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/taibatu.html
Mimosa代表 杉山伸子
10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。