88. 2023.5月号 ドクターコラム


 

「リプロ」のプロ集団Mimosa代表の産婦人科医、杉山伸子です。

このコラムでは、リプロダクティブ・へルス(略して「リプロ」)に特化した情報を皆さんにお届けしています。

皆さんは、疲れやすい、だるいといった症状でお悩みではありませんか。あるいは、お子さんがなかなか朝起きられないと困ってはいられませんか。

もしかしたら、これらの症状はある栄養素の不足が原因かもしれません。今回は、その栄養素についてご紹介します。

《女性に多い、鉄欠乏》

I子さんは、ひどい冷え症でお悩みの30代の女性です。初めてお会いした時には「肩の上に氷を乗せられているような冷たさがあって、体が思うように動かない」とおっしゃっていました。身体を温める漢方薬を飲み始めたところ、冷えが少しやわらぎ、以前より動ける日が増えたそうです。処方した私も嬉しくなり、何種類かの漢方薬を組み合わせながら処方を続けていました。

ある時、I子さんが今までになく元気な姿で診察室に入ってこられました。近所の内科で血液検査を受けて鉄欠乏を指摘され、鉄剤の処方を受けたそうです。「鉄剤を飲み始めたら、すごく調子がよくなりました」と笑顔でおっしゃいました。

「あら、良かったですね」と返したものの、私がもっと早く鉄欠乏に気づくことができていたら…、と反省させられました。

さて、この鉄欠乏、日本の女性によく見られる栄養障害です。女性は鉄の不足による貧血が多いということは、皆さんもご存じかもしれません。

最近、血液検査の結果で貧血とは診断されない人でも、鉄欠乏によって疲れやすさやだるさなどの体調不良が起こると言われるようになってきました。そのような状態を「隠れ貧血」と言ったりもします。

血液検査では、フェリチンという物質の値を測って調べます。この値が低いと、体内の鉄(貯蔵鉄)が不足しているサインです。鉄剤による治療やたんぱく質を積極的に摂るなどの食事療法を行うことで、鉄不足が解消してくるとフェリチンの値も上がっていきます。

《思春期の鉄欠乏》

鉄欠乏は、思春期の子どもでも見られることがあります。なぜ、思春期に鉄欠乏が起こるのでしょうか。

成長期のため鉄の必要量が増える:思春期は成長が著しい時期です。成長に伴って鉄の必要量も増えます。必要に応じて鉄の摂取量も増やさないと、鉄不足になってしまいます。

月経が始まる:女の子は、思春期になると月経が始まります。経血には鉄が含まれるため、月経のたびに鉄が失われることになります。その分を補わないと、鉄不足になってしまいます。

スポーツをすると、鉄の必要量が増える:スポーツによって、汗をたくさんかいたり、赤血球が壊れやすくなったりするために、鉄が失われます。体を動かすのにエネルギーやたんぱく質がたくさん必要になるのと同様、鉄もたくさん摂らないと不足してしまいます。

ダイエット:ダイエットで控えがちの肉や魚は、ヘム鉄を多く含みます。偏った食事を続けていると、鉄不足やたんぱく質不足になってしまいます。

これらの思春期の特性を踏まえて、食事でしっかりと鉄を摂ることが大切になってきます。

では、どのような食事をすれば必要な鉄を摂ることができるのでしょうか。

①ヘム鉄を含む食品(ヘム鉄は吸収率が高い):レバーなどの内臓、赤身の肉・魚、貝類

②非ヘム鉄を含む食品(非ヘム鉄は吸収率が低め):ひじき、緑黄色野菜、卵

③ビタミンC(鉄の吸収を促進する):緑黄色野菜、果物

ヘム鉄の方が吸収率は高いものの、必要量すべてをヘム鉄で摂取することは困難です。非ヘム鉄を含む食品も含め、いろいろな食品を食べましょう。

お茶やコーヒーは鉄の吸収を阻害するので、食事中には飲まないようにし、食後しばらくしてから飲むと良いでしょう。

また、鉄とともに、たんぱく質をしっかり摂ることも重要です。

《鉄欠乏と起立性調節障害》

  • 朝起きようとすると、めまいや立ちくらみがする。
  • 吐き気や頭痛がある。
  • 朝は起きられないが、午後になると症状が軽くなる。

起立性調節障害とは、このような症状が見られる病気です。自律神経の機能異常と考えられています。思春期のお子さんの約1割にあり、不登校の原因になることも少なくありません。

起立性調節障害の治療は、病気の理解から始まります。そのうえで、ゆっくり起き上がる、水や塩分をしっかり摂るなどの日常生活の工夫や学校との連携などの環境調整をすることが勧められています。

それらの治療でもうまくいかないお子さんが、鉄剤の処方とたんぱく質を多く含む食事に変えたところ症状が改善したという報告があります。鉄不足は、起立性調節障害の原因にもなるようです。

お子さんが朝起きられないとお困りなら、起立性調節障害という病気かもしれません。小児科で診察を受けてみましょう。その際に、フェリチンの値を調べてもらってもいいかもしれません。

そして、日ごろの食事内容を見直してみましょう。たんぱく質や鉄をしっかり摂って、健やかな毎日をお過ごしくださいね。

《参考ページ》

起立性調節障害(小児心身医学会のHP):一般社団法人 小児心身医学会 | (1)起立性調節障害(OD) (jisinsin.jp)

Mimosa代表 杉山伸子

 10年を超える産婦人科医としての臨床経験を通じて、女性がより健康で幸せな生活を送るためには、女性の健康リテラシーの向上が大切だと考えるようになりました。
その実現を目指し、女性の健康に関する情報提供・教育・相談を行う団体として、Mimosaを立ち上げました。
共に活動しているメンバーは、今までの職場で出逢った信頼できる女性医療のプロばかりです。